- 風神は雷門に向かって右、雷神は左にいる
- 正式名称は「風雷神門」で、現在の門は1960年に松下幸之助氏が寄進した
- 大提灯は高さ3.9m・幅3.3m・重さ約700kgで、底には木彫りの龍がある
- 門の裏側には、風神・雷神の背後に天龍像と金龍像が祀られている
雷門は浅草寺の総門で、正式名称は「風雷神門」です。
門の中央に下がる大提灯(ちょうちん)は高さ3.9m・幅3.3m・重さ約700kgあり、雷門に向かって右に風神、左に雷神が立っています。
ところが、現地で見ていると、正面で写真を撮ったあとそのまま仲見世へ進む人が多く、門の裏側に祀られた天龍像と金龍像は見逃されがちです。
この記事では、現地で撮影した写真と浅草寺公式サイトの情報をもとに、風神と雷神の見分け方、雷門の由来、大提灯の見どころ、裏側の龍像までを紹介します。
内容は2026年10月時点の情報です。
雷門の風神雷神はどっち?由来と歴史、提灯(ちょうちん)との位置関係を写真で紹介
- 雷門に向かって右が風神、左が雷神
- 正式名称は風雷神門で、いつしか雷門と呼ばれるようになった
- 現在の門は1960年に松下幸之助氏が寄進し、95年ぶりに再建されたもの
雷門は浅草寺の総門|正式名称は「風雷神門」

浅草寺の入口に立つ総門が雷門で、本来の名前は「風雷神門(ふうらいじんもん)」です。
雷門は、あとから定着した通称にあたります。
構造は、本瓦葺きの切妻造りの八脚門(8本の柱で支える形式)で、鉄筋コンクリートで造られています。
幅(間口)は11.4m、高さは11.7m、建坪は約21坪(69.3㎡)です。
江戸時代の様式を踏まえた姿で、中央に大提灯が下がり、左右に風神と雷神が控えています。
最寄りの出口は銀座線浅草駅の1番出口・3番出口で、地上に出てから約60m、歩いて1分ほどです。
東武線・都営浅草線・つくばエクスプレスからの行き方は、各駅の出口記事で紹介しています。

風神と雷神はどっち?向かって右が風神、左が雷神
雷門に向かって右側が風神、左側が雷神です。
ここでいう左右は、雷門の正面に立って門を見たときの向きです。
右側の風神の前には「雷門(風神雷神)」の案内板が立っていて、案内板にも右が風神、左が雷神と記されています。
見分け方は持ち物です。
風神は風をためた大きな袋(風袋)を担ぎ、雷神は連なった太鼓(連鼓)を打つ姿をしています。

雷門|風神像
雷門に向かって右側に立つのが風神像で、高さは2.18mです。
案内板には、鬼のような顔つきで髪を振り乱し、風を入れた大きな袋(風袋)を担いで空を走る神さまだと書かれています。
風神も雷神も、風や雨をあやつる神さまです。
風や水による災害から境内の建物を守ってほしいという願いに加え、天候が順調に巡って作物が実るようにという祈りも込めて、門の左右に置かれたと説明されています。
浅草寺は、この2神を護法善神、つまり仏法と寺を守る善い神としています。

雷門|雷神像
左側に立つ雷神像は高さ2.09mで、風神像より約9cm小ぶりです。
案内板には、虎の皮のふんどしを締め、連なった太鼓(連鼓)をたたく姿だと書かれています。
2体とも、慶応元年(1865)の火災では頭の部分しか残りませんでした。
体は明治7年(1874)に塩川運玉氏が新たに彫って補い、昭和35年(1960)の門の再建に合わせて、森大造氏と萩原雅春氏が修復と彩色を担当しました。
この修復は、当時の常盤堂雷おこし本舗社長・穂刈恒一氏のご厚意によるものだと浅草寺は伝えています。

雷門の名前の由来は?|風雷神門が雷門と呼ばれるまで
風雷神門という名前は、左右に風神と雷神が祀られていることから付けられました。
では、いつから「雷門」と呼ばれるようになったのでしょうか。
浅草寺の公式サイトによると、その経緯はよくわかっていません。
年代の目安になるのが、江戸時代の川柳です。
浅草寺の公式サイトは、1800年代初めの文化年間(1804〜18)に「風の神雷門に居候」という句が詠まれていることを紹介しています。
雷門という名前なのに風の神もいる、と面白がった句と読めます。
この句から、そのころにはすでに「雷門」の呼び名が広まっていたとみられます。
ただし、呼び名がいつ生まれたのかまでは、この句だけではわかりません。

雷門の歴史|焼失と再建、松下幸之助氏の寄進まで
伝承では、平公雅が天慶5年(942)に浅草寺の伽藍を大きく整えたとき、総門を駒形の地に建てたのが始まりとされます。
ただ、創建の正確な年代ははっきりしていません。
今の場所に移されたのは、鎌倉時代以降のことです。
その後の歩みは、火災で焼けては建て直す繰り返しだったようです。
年表にまとめると、次のとおりです。
- 942年(天慶5年):平公雅が、総門を駒形に建てたと伝わる
- 1635年(寛永12年):門を建立
- 1642年(寛永19年):焼失
- 1649年(慶安2年):三代将軍・徳川家光の願いで再建
- 1767年(明和4年):焼失
- 1795年(寛政7年):再建(このころから提灯の奉納が始まる)
- 1865年(慶応元年):田原町の火事で焼失
- 1960年(昭和35年):松下幸之助氏の寄進で再建(95年ぶり)
- 1982年・2013年:塗り替え工事
最後の火災は慶応元年(1865)12月で、浅草田原町で起きた火事が雷門にまで広がり、門は失われました。
次の門が建つまで、95年の空白が生まれています。
今の門が完成したのは昭和35年(1960)5月1日です。
門を寄進したのは、松下電器産業(現パナソニック)の創業者で、当時は社長を務めていた松下幸之助氏です。
浅草寺によると、松下氏が関節痛に悩んでいると知った当時の貫首(住職にあたる役職)が、ご本尊に回復を祈りました。
その後、症状がよくなったことへの感謝として、松下氏が個人で寄進したといいます。
松下幸之助氏の名前は、現地の大提灯でも確かめられます。


提灯の下部には、表側に「松下電器」、裏側に「松下電器産業株式会社 現パナソニック株式会社 創業者 松下幸之助」と書かれています。
1978年には松下グループの有志が、門の裏側の天龍像と金龍像も寄進しました。
こちらは後半で紹介します。
雷門の提灯(ちょうちん)の由来と木彫りの龍の意味|風神雷神の裏にある天龍像・金龍像はどっち?
- 大提灯は高さ3.9m・幅3.3m・重さ約700kg
- 提灯の底には木彫りの龍があり、現在の提灯は2020年4月に掛け換えられた
- 風神の背後に天龍像、雷神の背後に金龍像が祀られている
雷門の大提灯の大きさと重さは?

雷門の大提灯は、高さ3.9m、幅3.3m、重さ約700kgです。
正面には赤い提灯に「雷門」の文字があり、門をくぐって仲見世側から振り返ると、裏側には正式名称の「風雷神門」と書かれています。
くぐったあとに振り返ると、文字が変わっていることに気づきます。
三社祭など神輿が通るときには、提灯を畳んで門を通れるようにすると紹介されています。
雷門|大提灯の底の龍
提灯の底には、木彫りの龍が彫られています。
気づきにくいのですが、雷門の下に入り、スマホのインカメラ(自撮り用のカメラ)を上に向けて撮ると、木彫りの龍を撮影できます。
提灯の下は人の流れが多い場所なので、通行のじゃまにならないよう周囲に気をつけて撮ってください。

なぜ龍なのか、浅草寺の公式サイトに説明はありません。
手がかりになりそうなのは、山号の「金龍山」です。
寺に伝わる縁起には、観音さまが現れてから3日ほどたつと、金色のうろこをまとった龍が天から松林に舞い降りたという話があり、これが山号の由来とされています。
浅草寺と龍は、昔から縁の深い関係にあります。
雷門の大提灯の由来は?|奉納の始まりと掛け換え
雷門に提灯を奉納する習わしは、寛政7年(1795)の再建のころに始まったとされています。
提灯が掛けられた理由や最初の奉納者は、浅草寺公式サイトの雷門のページでは触れられていません。
その後、提灯は雷門を象徴する存在として受け継がれてきました。

現在の提灯は、令和2年(2020)4月に掛け換えられたもので、浅草寺の記録では6回目の掛け換えにあたります。
報道によると、2020年4月17日に作業員が約1時間かけて新しい提灯を取り付けました。
取り換えられた前の提灯は、約7年間掛かっていました。
提灯には「令和2年4月」の日付とともに、「京都・創業享保15年 高橋提燈株式会社」という制作者の名前が記されています。
掛け換えの間隔は、直前が約7年だったこと以外は確認できませんでした。
雷門の裏側|天龍像

風神の背後に祀られているのが天龍像で、仲見世側から雷門に向かって左側にあります。
高さ2.93m、重さ250kgの木曽檜造りで、男性の姿をしています。
像のそばには、木製の案内板が立っています。

天龍・金龍は水をつかさどる龍神で、浅草寺を守る善神(護法善神)にあたります。
風神・雷神のすぐ後ろに置かれ、表の2神と並んで門を守る配置です。
昭和53年(1978)3月に松下グループの有志が寄進し、制作したのは平櫛田中・菅原安男の両氏です。
現地では、正面から撮影してそのまま仲見世へ入っていく人が多く、裏側の龍像は見逃されている印象です。

雷門の裏側|金龍像

雷神の背後に祀られているのが金龍像で、仲見世側から雷門に向かって右側にあります。
高さ2.74m、重さ200kgで、天龍像と同じく木曽檜造りです。
天龍が男性の姿であるのに対し、金龍は女性の姿をしています。

こちらにも木製の案内板が立っています。
金龍という名前は、浅草寺の山号「金龍山」とも重なります。
仲見世に入る前に一度振り返って、風神の裏に天龍、雷神の裏に金龍と、表の2神と見比べてみてください。
雷門|風神雷神・由来・大提灯まとめ
それでは雷門の見どころを、短くまとめます。
- 風神 → 雷門に向かって右
- 雷神 → 雷門に向かって左
- 風神の背後 → 天龍像(男性の姿)
- 雷神の背後 → 金龍像(女性の姿)
- 正式名称は風雷神門で、雷門は通称
- 現在の門は1960年に松下幸之助氏が寄進して再建された
- 大提灯は高さ3.9m・幅3.3m・重さ約700kg
- 大提灯の底には木彫りの龍がある
- 大提灯の裏側には「風雷神門」と書かれている
- 直近の掛け換えは2020年4月
- 最寄りの出口は銀座線浅草駅の1番出口・3番出口
雷門に関するよくある質問(FAQ)
- 雷門の風神と雷神は、どっちがどっちですか?
-
雷門に向かって右が風神、左が雷神です。風神は風袋を担ぎ、雷神は連なった太鼓を打つ姿で見分けられます。
- 雷門の正式名称は何ですか?
-
風雷神門です。門の左右に風神と雷神を祀っていることに由来し、大提灯の裏側にもこの名前が書かれています。
- 雷門の大提灯(ちょうちん)の大きさと重さは?
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高さ3.9m・幅3.3m・重さ約700kgです。提灯の底には木彫りの龍があります。
- 雷門の裏側にある像は何ですか?
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天龍像と金龍像です。風神の背後に男性の姿の天龍、雷神の背後に女性の姿の金龍が祀られています。
- 雷門を寄進したのは誰ですか?
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松下幸之助氏です。昭和35年(1960)に、慶応元年(1865)の焼失から95年ぶりに再建されました。
- 雷門の大提灯はいつ掛け換えられましたか?
-
直近は2020年4月で、浅草寺の記録では6回目の掛け換えです。

